広告の研究

「そうだ 京都、行こう。」のどこが良いコピーなのかわからない人へ。


京都で生まれ育ち30年。結婚をきっかけに滋賀県に移り住んでから、2020年で2年が経ちます。京都をはなれて(…といっても大津市なので、15分くらいで行けますが(笑))、ようやく京都の価値に気がつけたような気がします。いままで、どちらかというと、きらいでした。裏表があるとか、よそよそしいとか…京都出身というだけで、そういうステレオタイプな人柄の枠にはめられて、ずいぶん嫌な思いをしたので(笑)。それに、他人からそういわれると、街自体もなんだかエラそうにしているようにもみえたんです。だから、生まれ育った街に対して好意的になれませんでした。でも、今は素直にいい街だと思えます。県外から京都をみたことも理由のひとつだけれど、ある広告コピーを研究していて、あらためて京都の価値を再認識できたんです。

そうだ 京都、行こう。

1993年 東海旅客鉄道 太田 恵美

学生のころ、正直このコピーの良さがピンときませんでした。むしろ「『そうだ 沖縄、行こう。』『そうだ 北海道、行こう。』でもええやんけ!!なんじゃそら!」と、思ってました。今考えると、とても恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。京都に住んでいたからピンと来てないんじゃなかった。自分の教養が足りないことで、そういう稚拙で貧相な考えにいたっていたことに、大人になってから気がついたんです。

このコピーはバブル崩壊後の1993年の作品。バブル崩壊によって、海外旅行に行くことがステータスだった時代が終わり、不景気になり、がむしゃらに働くことの目的も見失っていた状態。そんな時代背景のなかで、このコピーは国内旅行を促し、再度、京都の魅力や日本文化を発見しに行くきっかけとなりました。1回目のポスターには京都の代名詞である清水寺が取り上げられ、「パリやロスに ちょっと詳しいより 京都にうんと詳しいほうが かっこいいかもしれないな。」というコピーも添えられていました。このように広告は時代の鏡、その時代の価値観が映し出されているんですよね。こういう角度をもって、過去の広告をみるとたくさん発見があります。

「そうだ」で過去を思い出し、「行こう」で未来へ進む。

ポイントは「そうだ」という言葉。この言葉から連想するのは「ひらめき」や「回想」です。とくに「回想」することの大切さが、このコピーに込められていると考えています。どういうことか?ぼくの解釈はこうです。バブルが崩壊した当時の人々が抱えていたであろう「不安な未来」を乗り越えるために、日本人が積み上げてきた「壮大な歴史をもつ過去(=京都)」を思い出させることで、日本の持つの底力を気づかせたかったのではないか、と。

いやいや、京都観光の促進をする広告に、未来とか壮大に考えすぎでしょ!と、おもわれるかもしれませんが、読点の入る位置に注目してほしいんです。「そうだ、京都行こう」ではなく、「そうだ 京都、行こう」となっています。「、」の位置から考えると、けっして京都だけを限定しているようにはみえません。だから「そうだ 京都」で過去を思い出し、「行こう」で前進させる意味も持っているのでないか、とぼくは読んでいます。

現代でも通用するコピーは不変的である。

こんなふうに読み解くと、令和時代でも枯れないコピーだと思いませんか?新型コロナウイルスもさることながら、そもそも変化するスピードが速く、未来の予想がつかない時代です。過去を振り返るのはよくないことだと言われますが、過去を振り返ることは大切なことだとぼくは思っています。過去を悔やむことは無意味だけど、未来が不安になったとき、自分のやってきた実績や経験、やってきた努力を振り返ることはとても重要だと思うんです。過去を再認識することで、それが「自信」につながり、未来に活かせた経験はだれしも少なからずありますよね。

やっぱり、息の長いコピーには不変的なものを感じます。本当にすごいコピーです。

補足:「そうだ 京都、行こう。」25周年特別コンテンツの公式ページにて、コピーをつくられた太田恵美さんのインタビューをはじめ、ポスターやCMなどをみることができます。